不都合な真実 その2

日本はどうして、世界に比べて認知症患者が多いのか?

人口1000人当たりの認知症患者数は約23人~26人とされ、先進国平均(約14.8)の1.5倍以上となっている。超高齢化の進展が影響している。

まず、個人的なことを話します。私の母は認知症を患い現在要介護3となり、施設に入所しています。父が亡くなり、20年近く一人暮らしをしていました。子どもたちはそれぞれ所帯を持ち、母のところへは年に1・2回顔を出す程度でした。若い頃から趣味で茶道を習い、そして茶道の先生として弟子たちに指導していました。母が認知症ではないかと私たちが疑い始めたのは、茶道のけいこの時、その指導内容を忘れたり、ごまかすようになったことでした。弟子の間ではすこしボケてきたみたいと口々に囁いていました。(実は我が妻もこのとき母の右腕として茶道の指導を手伝っていました)そして、早く検査しなければと感じたのは私の友達の母の葬儀の時に、母のご霊前袋にお金が入っていないのを妻のせいにしたことでした。それ以後、妻を悪者扱いするようになったのです。いわゆる被害妄想が始まりました。母にも親兄弟姉妹がもちろんいましたが、母以外のみんなは誰一人として認知症を患わずに、過ごしていました。何故、母だけ認知症となったのか?その原因は何なのかを母を参考に検証したいと思いました。

まず母以外の家族はみんな、高齢になっても冗談も言うし、多少体の動きが悪くても頭だけはしっかりしていました。そして、みんな自分(子供たちと)の家族と暮らしていました。いわゆる二世帯・三世帯家族でした。

母は、若い頃、集団就職で横浜に来て友達も作れずに、早々と結婚しました。子どもたちがみんな所帯を持ち、夫婦だけで暮らしていましたが、父が80歳で他界してからは一人暮らし、友人の数も少なく、20年以上も単身世帯でした。ここからもやはり人間は社会的な生き物で単独では生きられないのではと思いました。家族や友達が多くいれば、いろいろな刺激があるはずです。喧嘩もするし、助け合い、笑い合い、喜びを共有したり、悲しむこともあるかもしれません。そんな日常が常にあるはずでしたが、単身世帯では「共通の、共に」はありません。すべて自分一人で行動し、そして判断を下し、結果も自分一人が請け負います。母の耳が遠くなったのも、大音量でテレビを見続けたことが原因でした。家族がいれば常に誰かに注意してもらえますが、一人では自制を促すことはできません。耳が遠くなったことも認知症に拍車をかけました。料理の苦手な母は、父が生存していた時はそれなりに料理を手作りしていました。ところが、父の死後は、レトルト食品や外食が多くなったような気がしています。企業の株を多数所持し、将棋の桐谷さんのように株主優待券を使用し夜な夜な食事をしていました。そんな食生活の変化で、手作りをしない、つまり頭や手を使わない生活が続いたのです。嘘をつく、相手の悪口を言う、物忘れをする、物を隠す、火を消し忘れるなど認知症の典型的な行動になっていきました。警察のお世話になることもしばしばでした。そして、時を同じくして母は脚を2度も骨折し、単独世帯では生活が困難と言う事で施設に入所しました。(以前から骨粗しょう症と診断されていました)

このように私が母を見てきて感じたのは、認知症の最大の要因は核家族化ではないかと思いました。世界でも同じような家族の形態はあると思いますが、日本にはコミュニティーが他国より不足していると感じています。例えば、町内会の人間関係が希薄になってきたこと。PTAなどの学校行事に不参加な人が増えていること。共働きが一般化してすることで少子化が始まり、いわゆる嫁姑問題からの回避も進み、親も子も互いに干渉されずに自由に暮らす世帯が増加しているように感じます。昔のようにおじいちゃんやおばあちゃんに孫の世話をしてもらうより、お金を出して保育園に預ける若い夫婦が一般的になってきました。大学や就職先も首都圏に集中し、田舎暮らしは祖父母だけとなりました。社会の構造がこのように変化したことで単独世帯が増え、孤独死も問題ですが、認知症の増加に今後拍車がかかるかもしれません。もちろん世界最高の平均寿命の長さも関係あることは否めません。再度、申し上げますが、認知症の要因は、核家族化、共働き、少子化、単独世帯の増加、食生活の変化友達がいないことだと考えました。いつか皆さんの親も高齢になり、認知症を患うかもしれません。今あげた要因をすべて改善することは不可能ですが、一度、自分の親が認知症になったら、巻き込まれるのはもちろんその子供(親族)なのです。いかにして脳に刺激を常に与え続けられるかが最大のポイントなのです。最も容易なのは、できるだけ親と共にいることが本当は一番大切なのです。今私は母がさらにボケないように毎週施設に通い、母の体をマッサージしながら会話をし、月に1度は自宅に戻らせ(外泊させ)、昔のように子どもたち(家族)との生活を体験させ続けています。年に数度は家族みんなで母と共に温泉旅行をしています。何故そんなことをしているのかというと、やはり施設では正直一人一人を相手にしてくれません。集団の中の一人なので、介護士が個人的に話をしたり、触れ合ったりはしてくれません。集団で体操だったり、食事やおやつの時間はありますが、楽しく会話をしながら食事をすることはありません。みんな個々で黙々と食べ、体操もできる人、できない人、無関心な人など様々で強制されません。よって何も考えないで、何もしなくても施設側は安全第一なので問題ありません。正直、施設の老人は悲しいですがどんどんボケてくる(認知度が上がる)のは当たり前の環境なのです。認知症で施設に預けられたあなたの親はどんどんボケてきて、最後は自分の子供の名前すらわからなくなるのが現実です。こんな言い方が正しいかどうかわかりませんが、母の入所しているフロアーはどんどん精神患者の病棟のような雰囲気を醸し出しています。そして、母は、その中で、いつも一人でポツンとしています。しかし、残念ですが老々介護はできないのも事実です。今のように1か月で数回会う程度ならだれでも手厚い介護できますが、これが毎日となると介護者のほうが疲れ果てるのです。介護疲れで自殺や親族殺人が増えるのも考えものです。国や地方自治体がこのあたりを抜本的に改革しなければ今後も悲しい事件が多発します。どうですか?今皆さんが享受している近代社会が様々な弊害を生みだしているのです。昔に戻ることはできないと思いますが、人工知能を備えたヒューマノイドロボットに頼らない老後を迎えたいものです。そのためには、社会構造(家族の在り方、労働の在り方、社会の価値観)の再構築をする必要があると思いますし、ガラパゴス化を恐れず、超資本主義のようなアメリカナイズされた外国に追随する姿勢を改めることが大切です。グローバリズムとか世界基準などどうでもよいのです。リベラルとかダイバーシティ(多様性)を大切にするのなら、日本独自の社会を尊重してもらえるはずなのです。