子育ての基本はどうやって子供を「自立」させるかだ!

先日(7月26日)午後2時ごろ「ザ・ノンフィクション」というテレビ番組を見た。今回は大学3年生になって突然不登校になり、引きこもる子供が、「はぐれ雲」という富山県の施設で更生していく番組だった。

彼がはじめて勉強に目覚めたのは中学生の時で、その結果、成績優秀で県内のトップ校に入り、さらにスムーズに大学まで行った。父親は厳格な理解あるサラリーマン、銀行員だった。何不自由ない生活の中で彼は突然方向性を見失うことになった。「何で勉強するのだろう?」「何もやりたいことがないのに」とそれは大学4年生から始める卒論のテーマが見つからないことから始まった。「何でもいい、自分の興味あることを卒論に書けば」と父親が説いても、彼はそれに反応できなかった。引きこもり、一日中自分の部屋に閉じこもり、ゲームをやり続けました。いつの間にか昼夜が逆転し、朝起きれない。食事も母親が毎回部屋に持っていくことになります。そんなとき、川又さんに出会いました。彼は不登校などの引きこもりを更生させる施設「はぐれ雲」を妻と個人運営していた。妻は教員の免許状をもち、子供たちの勉強と食事等を担当していた。そこには中学生から40歳の大人まで10人くらいの人達が共同生活を送っていた。そこでの生活は生活リズムを取り戻すことが基本だった。難しい約束事などない。朝起きて散歩をし、部屋などの掃除をして、当番制で食事を作って、労働作業(主に農作業)をし、勉強して、みんなで寝起きを共にする。もっとも単純で基本的な生活スタイルだった。主人公は初めはまず朝起きれない、食事も作れない、人から言われないと何も動けない子だった。21歳である。川又夫婦はそれでも何度も何度も同じことを繰り返し、彼が動いてくれることを期待した。彼が施設に入居して1年半が過ぎたころ、大学へ復学したいこと、一人で生活がしたいことなどを始めて自分の意志で自分の力で動こうとしていた。

自分の子供一人育てられない。こんな思いの親御さんがたくさんいるかもしれません。子育ては非常に大変です。それは誰一人経験したことがないからです。当たり前ですが、すべての親がそうなのです。昔のように両親と暮らす世代家族ではなく、ほとんどが核家族化している中で、子育て本はたくさんありますが、教科書通りにはいかないのが現実です。実は子育てにマニュアルなどありません。100人いたら100通りの子育てがあると思います。

川又氏がこんなことを番組中で話していました。「親が変わらなければ、子供も変わらない」「でもね、変われないんですよ。親は…」「だからね…開き直るしかないんです。」「こんなもんだってね」私も教育者の端くれですが、塾でも、特に中学受験の生徒をもつ親には「親が勉強しなくて、子供が勉強しますか?親が変わらなければ受験は無理ですよ」と親の教育をしていました。まず、親を教化することと私も昔はそう先輩から教えられました。たぶん、大手の塾でもそう言われているはずです。実は、私も大学生の時、いわゆる不良と呼ばれた非行少年を立ち直らせるのには「親が変わること」ではないかと卒業論文に書いた記憶があります。しかし、現実はそんな簡単な事ではないことを、私は社会に出て痛感しました。「親はなかなか変われないのが現実です」そうやって実生活を歩んできた歴史があるのですから。川又氏の「開き直る」という言葉はいいことかもしれません。わたしはこの言葉の裏に「なるようにしかならないよ、Let it be!なすがままに」の精神が横たわっているような気がしました。人の人生、なるようにしかならない。だから、自分の足で歩きなさい、自立して生きていきなさいというメッセージなのだと感じました。

この「自立」というキーワードが実は子育てには重要なのです。みなさん、子供を自立させるためにどんなアプローチをしていますか?テレビ番組の彼も今まで親が手とり足取りしてきたようです。勉強に関することはすべて父親が決め、私生活については母親がすべて世話をしてきたようです。まるで、勉強するためだけのロボットのように。ですから、最初は施設では何もできなかったのです。そして、やることなすことすべてが面倒くさいという感じでした。今まで生きてきてやったことのないことをやらなければならないのですから。掃除も、料理も、農作業もなにもかも。「生きるとは何か」その辺を教えてこなかった親の育て方のせいです。テレビでは農作業や地元の農家の手伝いなど働くことを中心に労働の大切さや難しさ、また、汗をかくことを学ばせていました。まさに、理想的な生活環境だと私は思いました。「働かざる者食うべからず」「他人のために働く喜びを体験する」「協働の大切さを知る」こういう経験こそが「生きる力」となるのです。

単純な事です。家で仕事をさせていますか?トイレの掃除、食事の後かたずけ、洗濯物の整理、玄関の掃除、犬の散歩、なんでもいいのです。必ずルーティーンがあって家族のためになることをさせるだけです。もちろん報酬などあってはなりません。家族のためにやるのですから。そして、ここで褒めてください。決して、勉強ができたり、学校で何か賞をもらったり、学生時代スポーツの大会で優勝したからといって褒めることではないのです。なぜなら、これらは自分の技量のことで、他人を助けたわけでも、他人に喜んでもらうためにやったのではないのですから。誰かのためになった時、誰かの役に立った時、はじめて仕事をしたことになるのです。そういう基準で、「褒める」ということを行ってください。自立を促すために「褒める」のです。

昨今教育界では「褒める教育」という言葉が独り歩きしてきました。「自己肯定感」を育てるには「褒める」ことが大切だと…そうして育てられた多くの子供たちが、現在、不登校となったり、引きこもったり、自殺したり、うつ病を発症させたり、平気で社会的弱者を殺害したり、児童虐待、危険運転をするのではないでしょうか?「生きる力を育てるために褒める」そして「自立するために基本的な衣食住の有様を教える」ことが「子育て」なのではないでしょうか?もしかしたら安倍首相の昭恵夫人もいわゆる「褒める教育」をされた人なのかもしれませんね。子育てをしたことがない人ですから…