スポーツとは何か? 勝利至上主義の世の中で!
男子フィギュアで鍵山選手が銀メダル、佐藤駿選手が銅メダルをとった。異次元の演技でフィギュア界の絶対王者マリニンが度重なる失敗で8位に転落。日本人二人は「棚から牡丹餅」だった。気になるのは演技終了後の鍵山、マリニンの表情だった。二人ともジャンプで失敗し完璧ではなかった。それゆえ二人の表情は暗かった。二人とも難易度の高い演技構成をチャレンジしての失敗だった。二人とも世界の頂点を目指して、切磋琢磨して誰よりも練習をしてきたはずだ。4年に1度のオリンピックに魔物がいるとよく言われるが、まさに今回のマリニンの失敗だった。
女子フリースタイルモーグルでも元金メダリストが連覇かけて挑戦したが、コースアウトで順位が入れ替わった。挑戦しての失敗に他の選手もみんなで抱き合って讃えていた。夏季オリンピックのスケートボードでも失敗しても、成功してもみんなで選手同士が讃えあっていた。今までにない光景だったのを覚えている。みんなこの試合に向けて一生懸命努力してきたはずだ。一人一人が他人とは違う演技をみんな(観衆)の前で見せたい、カッコイイところを見てもらいたいという思いで取り組んできたはずだ。各選手はそのことを理解しているうえで失敗も成功もみんなで讃えあえるのだと思う。失敗しても笑顔を忘れない。楽しんで演技をしている。競技という名の表現の場なのだ。これでいいと私は思う。
かなり昔になるが、1972年札幌オリンピックでアイススケートのアメリカ代表ジャネット・リンが、ジャンプ後転倒し尻もちをついたそのあとにニコットとほほ笑んだ。その愛くるしい笑顔がテレビで放映されるや否や、「銀盤の妖精」と讃えられ、世界的に人気となった。転倒しても笑顔を絶やさなかった演技と愛らしい風貌で日本人を魅了し、銅メダル以上の人気を博した。
スポーツは時として、プロの世界では順位を競う競技となる。優勝とか1位とか、勝利至上主義となることがしばしばだ。そのために、他人を蹴落としても勝ちに行く、どんな非情な手段を使っても勝ちに行くと様々な行動にでる選手・監督がいる。「勝てば官軍、負ければ賊軍」、金メダルを取れば世界が変わる、メダルを取れなければただの人。その周りを支える人も同じ評価になってしまう。世の中のメディアもスポンサー企業も同じ感覚だ。
自分なりに頑張ればいい。自分との勝負であり、他人との争いではない。
自分がどう頑張ったかが大切で、他人との比較ではない。
そして何よりも「楽しい」が優先されるべきだ!
ゲームやSNSなどのメディア依存の世の中、外でみんなで(集団で)遊ばなくなった。家の中の狭い場所で、一人で遊んでいる?仲間といても、ゲームのときはそれぞれが自分の画像に夢中だ。Eスポーツと呼ばれる仲間とやるゲームもあるそうだが、そこに本当の他人への(敗者や勝者に対する)リスペクトや敬意があるのだろうか?自分一人で技術を磨き、自分だけで完結してしまう世界なのではないか?私にはわからない。
優勝とか、一番とかに縛られて、苦しさに打ち勝つことのみのスポーツはいかがなものか?本人がアスリートが一番このスポーツが好きで、楽しいと思えるように競技に打ち込んで欲しい。今回、スノーボードハーフパイプの絶対王者、北京オリンピックの金メダリスト平野歩が8位に終わった。オリンピック直前の大会で転倒、骨盤を2か所骨折しての強行出場だった。彼は競技を続け、難易度をどんどん上げ、決勝にまで進んだ、そこでも世界で初めての高難度の技をだしたが、8位で終わった。そこには悔しさもあったが、すがすがしい顔で次を目指すと、インタビューで淡々と語った。スノーボード界のレジェンド、ショーンホワイトが彼を抱きしめねぎらっていた。これで言いと思う。みんな同じ競技を楽しむ仲間たちなのだ。スケートの鍵山も試合後、すぐにマリニンのところへ行って労をねぎらっていた。これがスポーツの一番の魅力なのだと私は思う。互いに切磋琢磨して、リスペクトしあう。これこそが、トップアスリートが世界中の人々を虜にする4年に1度のオリンピック競技のある意味である。そして、多くの人々が彼らに憧れ、夢を見て、スポーツの取り組むのである。若者だけではない、同じスポーツをしているシニアも、スポーツを通して多くの仲間に出会い、仲間と楽しみ、みんなで健康を維持している。 以前、港北FC所属で、塾にも通ってくれた生徒が、公立に落ち私立へ行き、そこで全国大会に出場した。高校卒業後大学へ行き、彼のバイト先で久しぶりに彼に出会った。そんな彼が「もうサッカーはやらない」と言っていた。横浜市選抜にも選ばれ、あれだけ頑張っていたサッカーを続けない?サッカーの有名私立校で全国大会に出場したのにサッカーを続けない??私は悲しくなりました。小学校から高校まで続けてきたスポーツをあっさりやめてしまう?サッカーが心の底から好きだったのだろうか?今までどんなに厳しい練習やメンバーとの勝負をしてきたのだろうか?サッカーや野球の有名校では部員数100名など大所帯で、練習や試合などレギュラー争いが激化することが日常茶飯事だ。1軍~4軍まで、1軍でないとまともな練習やグランドの確保、また公式試合にすら出れない。スポーツを楽しむことより先に、誰よりも、他人よりもうまくなって試合に出たいと考えるのは容易だ。それが勝負の世界と言われればそうだが、彼はそんな熾烈な競争に精神的に疲れてしまったのか?勝利至上主義がスポーツを楽しめなくしているとしたら、スポーツをやる意味がないと私は思う。今回のイタリアオリンピックのフィギュアスケートやスノーボードの選手たちは決して勝利だけが目的ではないと思う。それよりも「オリンピックを楽しむ」ことが優先されていたように私には感じられました。自分の大好きなスポーツ(競技)を世界中の人に見てもらいたい。その先にメダルがあると考えていたのではないか?わたしはそれでいいと思う。あるSNSの投稿に女子フィギュア個人で金メダルをとったアメリカ代表のアリサ・リュウ選手に対して「彼女はなんでオリンピックの舞台で緊張もせずあんなに楽しそうなんだ!」と!

