動物愛護とは何か?
鎌倉市の公園で犬の散歩が禁止となり、住民の間で賛否が分かれている。公の公園で犬の散歩ができない??税金で運営されている学校の運動場で子どもたちが自由に遊べないのと同じこと??不思議な国の日本。誰を、何を大切にしているのか?幼児の自転車初乗りの練習はどこでやるの?路上で?自宅の庭で?昔からこんなことが当たり前のように行われてきた不自由な国。危ないから?不審者が侵入してくるから?公の場所は誰でも自由に入れるから公の場所、公園なのでは?犬のウンチやオシッコが汚いから?犬は吠えるから?犬の嫌いな人がいるから?人間にかみつく恐れがあるから?・・・人間だっていろいろな悪いことをするのに!ごみを捨てる!大声で騒ぐ!他人にケガをさせる!殺人だっておこる!誘拐も起こる!犬や動物が人間に危害を与えることは極めて稀ですよ。プラスチックごみなど捨てるわけもありません。ウンチやオシッコはすべて自然に帰ります。北海道の熊だってそう。人間の勝手な開発で彼らが住む世界を狭められ、餌を求めて人里に降りてくるだけ、餌が少なくなったのは誰のせい?人間のせいでしょ?地球温暖化、誰のせい?最近、知床半島の羅臼岳でクマに26歳の男性が襲われたけど、登山中での話でしょ?それは襲われる可能性が高いのは本人も知っていたよね。それが冒険であり、登山の、自然の厳しさだよね。近くにいた熊の親子が駆除されたと報道されたけど、山にいただけで殺されるのって、ひどくないですか?これではガザに住んでいたパレスチナ人をイスラエルが殺しているのと同じことだと思うけど。人間も動物も生き物だよね。ある種の人間の都合で勝手に命を殺すのってそれが正義なのかなあ?あるテレビ番組のニュースで自宅の家庭菜園や畑をクマに荒らされ、猟師がその問題の熊の駆除しました。SNSでは熊が可哀そうとか熊を殺さないでという投稿が殺到していると報道されました。しかし、そこに住んでいる住民からはその声(SNSの批判の声)に対して、「被害にあっている住民の身になって欲しい、本当に怖いのです。」とSNSの意見に批判をしていました。たしかにその通りなのですが、それは人間を主とした発想で、自然を主とした発想ではないと私は思いました。最近、動物をテーマとしたテレビ番組がありますが、気になることが多々あります。それは、動物をもの扱いしていることです。一番顕著なのが、猫や野良犬が増えないように去勢や避妊をすることです。一見すると、殺処分されないように保護する目的でおこなっているのですが、本来の動物の本能を人間が勝手に奪い去っているのです。犬や猫が増えすぎたのも、人間の身勝手な市場(資本)主義の産物なのです。儲かるから、売れるから作る?つくられた動物たちなのです。2番目は「猫の家飼い」です。猫は本来自由奔放、わがまま、人間の言うことを聞かない動物なので、昔は放し飼いが普通でした。ところが、最近は生まれてから死ぬまで一度も家の外へ出さない人工養殖のような育て方、飼育の仕方が当たり前になってきました。動物が媒介するダニやノミなどを家の中に入れたくないとか、外から家の中に勝手に出入りされては、家が汚れる、床が汚れるなど清潔ではないと毛嫌いされています。犬も含めて動物には外とか内とかの感覚がありません。ですから、猫を飼う場合には、出入り自由な場所を確保して、飼うことを覚悟しなければなりませんでしたが、出入りできない、させない飼い方が主流となっています。本当にこれで猫が幸せなのでしょうか?犬同様に首輪をつけた猫がたまに散歩しているのを見ますが、これが本来の猫の姿なのか?疑問です。人間世界の都合で、それも都会に住む人の都合で動物の世界が蹂躙されている、奴隷化されていると私はいつも感じています。動物愛護というよりも、自然環境を守るという観点から考えても今の人間中心主義の自然破壊を許すことはできません。